2012-07-28

世界の幽霊から


大学院の同期、岩田草平君から彼のインドでの活動をまとめたカタログが届いた。カタログ全体のページ数から言って、まだまだ言いたい、見せたいことが沢山ありそうな印象だったが、それでも短い文章からは俺は向こうでこれを見たんだというザラついた感触があった。

”電気のない暮らしを続けてほしいと思うのは、私のエゴでしかなかった”
”私たちと出会うまでは神様が見えていた子供たちは神様が見えなくなり、物質的なものを貪欲に欲していくきっかけになっているかもしれない”

日本のような国で活動していると、インドのような環境の土地にある種の憧れのようなものを感じることがあるが、それはその地に一生いないことが分かっている者の意見だ。そこにずっといなければならないとなれば、意見は確実に変わるだろう。だからといってその土地を変えて行くのか、はたまたエゴを押し通すのかというのは一個人の意見でどうこうできる域をこえる難しい問題だ。


そんなカタログを読んでいたら、最近手に入れた『カブールの幽霊』という画集がチラチラと頭の端をかすめてきた。この本は、ユニセフとNGOがアフガニスタンの子供たちを対象に<最も怖いと思うもの><最も嫌だと思うこと>のベスト10をリストアップしたところ、その一位がどちらも『GHOSTS=幽霊』だったという事実を元に、子供たちに紙とペンを渡して、その幽霊を描いてもらったものを集めて作られた本だ。画集というか、バラバラのシートが数十枚集められて箱に入っているような形状で、ずらっと並べてみると、幼稚園のお絵描きが沢山貼ってあるようなハッピーな印象になるが、全部幽霊という代物。何十年も紛争が終わらない特殊な環境下でのこのアンケート結果が意外なものなのか否かは正直よく分からない。仮に今の日本でやったら、放射能とか原発などが上位だろうし、それはそれで十分異常だ。ただ、文章から察するに、ユニセフもNGOもこの答えは意外な答えだったようだ。まぁそうじゃなければわざわざ画集なんか作らないけど。
カブールの幽霊は面白いくらい個性がある。友達のようなものから、血だらけの鬼のようなものまで様々だ。見ている人にしか見えないという幽霊のひとつの定義でみると、100人いたら100通りの幽霊がいることになる。幽霊を”幽霊のイメージ”でしか見れなくなった我々とは幽霊の響きも体験も違うのだ。 幽霊ときくともちろん怖いイメージが強いが、今の日本ではただ怖さのみを抽出してきたり、嫌悪するようなグロテスクさを実体化しているにすぎない。カブールの幽霊も怖いもの・嫌なもののトップだが、絵を見るかぎり一概にそうとは言い切れないような何かが入り込んでいるように思う。岩田君のfacebookに は、村の子供たちが昨晩出た幽霊を土で壁面に描いている写真がアップされていたが、そこにも幽霊がただの怖さだけでない生活の一部に置かれた複雑さが見て取れる。

Photo by Sohei Iwata

霊(幽霊)は至る所にいて、非実体的でもっと複雑なものだ。で、芸術もおそらくそのようなものだ。
偽りの実体的なものではなく、デザインのような表面的な明快さもない。その裏に隠された複雑怪奇でよくみえない”よそ”の部分を掘り起こす、そんな行程だ。 恐らく神様がみえる村の子供たちには芸術という言葉はない。神が見えなくなった我々だからこそ、"よそ"へつれていく芸術の技を使うのだろう。